釣りエッセイ3 道東釣り奇譚 怪魚伝説

森川wrote, 釣りエッセイ

道東釣り奇譚  怪魚伝説

1990年代、6月から始まったモンカゲロウのハッチを求めて阿寒、屈斜路と夜討朝駆を繰り返していた頃の話。この話は私が目撃したのではなく、お互いに面識のない二人の釣友から同じ時期に聞いた話を基にしている。二人が異口同音に語った話は驚くべく内容だ。しかし私には真偽はわからない。確かなのは私の創作でないこと。

7月も始まり、未明より屈斜路湖の南側でゴムボートの上からライズを狙っていた。鱒達との饗宴も終わり岸に戻って、期待と同様に萎んだゴムボートを無言で洗いヘトヘトになり車に積み込み釧路に向かう。一緒に行ったNさんはよく釣ることで日本全国に名前が轟いている人だった。その釣り方は、事前と釣り場での情報収集能力と、現地での魚の居場所を見つける動物的直感、水の中にポイントに一番有利な沈み石を見つけNのお立ち台と称しそこで一心不乱にフライをキャストし続ける持続力。それが桁違いの釣果を生みだす鱒師(そんし)と呼ばれた人。

屈斜路の林道を抜け牧草地につながり、空が広く明るくなり今日は仕事がある現実がチクチクとしてきた頃だ。
突然Nさんが森川君さ、俺が屈斜路湖で巨大なイトウを見たって言ったら信じてくれるかい?と話しかけてきた。魚は死んでから身長が伸びる唯一の生物と言われている。しかしNさんの魚の大きさはいつも正確だったし釣果も増量したりはしない。釣れた場所も地図を書いて事細かに解説してもらった。その場所はガセではない。 要するに嘘をつかない人だ。

話はこうだ。先週末屈斜路の砂湯付近のカケ上がりになっている場所にイヴニングライズを釣りに出かけた。午後6時半くらいに現地到着。そこで釣友のHさんと待ち合わせていた。Hさんは釣りとジャズをこよなく愛する熱狂的なフライフィッシャーだ。
準備を終えたNさんはHさんの到着を待たずにして、腰までウェーディングしてインターのラインでモンカゲのニンフを引いていた。午後7時、薄暮の中Hさん登場。N釣れたか?と声かけながら湖に腰くらいまで立ち込んで行った。全く魚の反応も風も波も無く静寂の湖にフライラインの風切る音だけが響いていた。

15分くらいにするとHさんが喫驚し湖から激しく水音を立てながら陸にあがる。
N!早く上がれ!それ魚だ!と叫んだ。
それとはNさんが湖に着いてから沖に浮かんでいた流木だった。それがHさんの近くまで流れてきて魚だとわかったらしい。Nさんもそれが生き物であると確認した瞬間、驚愕動転し岸辺に立つHさんの元に走り寄り身を寄せ合い、それをただただ眺めていたという。もちろんデジカメや携帯が普及する前なので記録するにはフイルムカメラしかない。この二人はカメラを持ち歩かなかった。

どのくらいの大きさがあったの?と聞くと5メートルはあったという。Nさん、せめて2メートル半にしないと信じられないと茶化した僕の言葉にいつもなら笑うNさんが真顔で、森川くん本当はもっとデカイ。10メートルはあったという。
やっぱりな。信じてもらえないと思ったから誰にも話さないつもりだったとポツリ漏らした。

Nさん、ただ浮いてるだけだったら引っ掛けてみようとか思わなかったの?と聞くと10メートルもある魚が目の前にいたらそんなことしようと思うかい?と切り返された。確かに、人間なんて簡単に喰われてしまう。二人とも水から飛び出したのもわかる気がする。Nさんは言う。あれは間違いなくイトウだと。そのイトウらしき怪魚はしばし背中を出して浮いていたが悠然と泳ぎだし水中に消えて行った。

もう一例は、ほぼ同じ時期にWさんという釣り友達から突然電話がかかってきたこと。こっちから電話をすることがあっても電話がくることがほとんどない人だった。何事かと思って話を聞くと、興奮冷めやらぬ様子で少々支離滅裂ながらも屈斜路の東側をトローリングしていたら湖面ギリギリを大きな魚がゴムボートとしばし並泳していた。6人乗りのゴムボートよりはるかに大きかったらしい。大きさなど詳しい事を聞くと興奮気味でとにかくデカイを連発していた。勝手な推察だけどゴムボートよりデカイのであればNさんの10メートルという話が俄然信ぴょう性を帯びてくる。

私も昔から謎だった事があった。昔砂湯でキャンプしている時に真夜中に沖から聞こえてきた水に飛び込む音。怪談としてキャンプ中の格好のネタだった。実際に自分もその音を聞いた。沖合ですごい水柱が立つような音でキャンプ場まで聞こえる音だった。間違いなく生き物の仕業と思った。水の音は当時たくさんの人が聞いている。
 
 目撃をしている人もいる。1972年にタクシードライバーを皮切りに幾度と無く目撃されている。その後1997年6月に消防署員が姿を見たのを最後にぴたりと途絶えたままだ。当初より巨大イトウの説があったが決定的な証拠もなく巷ではクッシーという名がつけられた。

 屈斜路湖にイトウがいるのは確認済み。イトウの寿命は30年といわれている。屈斜路湖は湖底火山の噴火で死の湖のように思われていたが実は資源は豊かだ。ニジマスも巨大化しているようにイトウが巨大化しやすい環境だ。目撃されなくなってからその間約20年。巨大イトウ族の成長が始まっているかもしれない。また目撃例がこれから増えていくのかもしれない。

2016年5月

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