釣りエッセイ4 禁断のSMツアー

森川wrote, 釣りエッセイ

禁断のSMツアー

 今まで繰り返し冒頭に書くが僕は今釣りをしていない。だがかつて鱒に情熱を傾けていた時期があった。鱒を知性を備えた貴金属として、あるいは未だ見ぬ永遠の恋人として寝ても覚めても頭から離れない時があった。
 私が釣りに熱中していた1980年代は今考えるとパラダイスだった。フライの人口は圧倒的に少なく、当時公務員だった私は週休二日という特権があった。土曜日の川は貸し切り状態だった。「今考えるとパラダイスだった」という言葉の意味だが、それは釣れる腕があればのこと。フライに関する情報もなく試行錯誤の釣行だった。魚はいて人はいないのだが、ぱっとした釣果は無かった。けれど川に立ち込み釣りをして小さな鱒達と戯れる自分で満足していた。当時は今の情報社会から見ると隔世の感があるがそうやって環境も川も鱒も守られていたのだ。
 満足できる釣り人だった私だが、出会ったフライジャイアントたちは私に欲を植えつけた。大きさこそが至上だよ。森川くんもっと貪欲になれと。生涯に一度のビッグワンと邂逅しなさいと。そのジャイアント達は、河川湖沼で70cmオーバーのニジマスを釣っている。だからたまり場の食卓に足を投げ出しても咎められない。当時、どんなに引っ張っても50に1cm足りないニジマスを釣り満足していた私だったがその日から悪魔と契約をした。大物を釣らせてもらう代わりに自分の大切な価値観を捨てる。
 師はいう。まあSMツアーなら手っ取り早いかな?SMツアーってなんだろう?今までのストイックなまでの釣り生活にピンクの明かりが灯る。勘違いするなよ森川くんとジャイアント達が笑う。どうやら札幌のある釣り道具屋が主催するメンバーズオンリーのマル秘のパラダイス極楽のツアーらしい。禁断の湖巡り。然別湖のS、摩周湖のMの頭文字2つでSM。確かにMの展望台に札幌のその釣具屋のワゴンを見たことがあるが、そのパーティーの連中かは定かではないし、真偽の程は未だにわからない。結局大物でなければ感謝できない釣り人はまさに自虐的な世界に入っていくわけだ。
 かくいう私もSMには馴染めなく、けどもっと変態的な場所に行くことになった。ルート不明の羆に守られる知西別湖という羅臼の山上湖。5月の連休前、ほとんど冬山に近い時期に獣道を辿ってウエーダーを履いて登る。雪代で増水した川を渡り、ロープで断崖を登って雪渓を歩き、湖に着いたらひたすらキャストするだけ。悪魔との契約は成就されて生涯のビッグワンに出会った。体長はどう見ても70cmを超えている。10分近いファイトの末、岸辺に横たわる精悍な顔つきのオスの虹鱒の体長を図る。ジャイアントたちが口々に森川くん70cmクラブ入会おめでとうと祝福の声。あれっ?何度測って69cm。それが私自身のレコードとなった。喜び全開ではなく・・・感謝できない不幸な釣り人。後日談があって翌年同じ時期に一緒に行ったジャイアントの一人が同じ虹鱒を釣ったらなんと!1cm伸びて70cmになっていたという不幸の電話が来た。
016年8月

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